双児にハマって4年。双児の住まう街・香港への憧れは何時になく強く、何時かは絶対に行ってやる!と叫ぶ事多々。とはいえ、会社の社員旅行がキッカケで行った台湾も大好きな街で、また台湾で買わなきゃ!という買い物や、歩きたい街等もあったりで、3回台湾に行っていた。
今年は思いきって「香港・台湾2HIT-Comboで両方行ったる!」と、息を捲いて計画を立てる。まず、毎度の同行者・坂口那和さんに話した処、2HITは無理だと返答され「自分は香港と台湾両方行こうと思うんだけど、那和さんはどっちがいい?」と聞いたら、「香港かな?」という返事が返ってきたので、これで香港行が決定。両親が2月に台湾に行き、4日間の殆どを故宮で過ごしていたということで、何だい全然街見てないの?!という話になって、再度台湾に行くらしい話が上がって、両親にくっついていけば、2HIT-COMBOだ!という腹黒い?計画を練った。
まず、当初、有給を有効に使うために会社の社員旅行を蹴ってそこで決行予定であった…が、社内で「社員旅行は強制」という話が広がり、計画がうやむやに……結局、社員旅行は「出来るだけ」参加という事らしく、本社と東日本の営業所・工場からで西日本方面の営業所と工場は関係なしなら強制は不条理、ぜってーいかねー、とマジ蹴った。
次に、時期はチト高くなるが、「香港特別行政区制定記念日」(つまり、香港が英國から中國に返還された日)である7月1日を挟んだ日程での決行を進め、ほぼこれで確定していた。いいツアーもあり、ホテルも仲々美味しく、観光も付けられる……(いちお、初めてなので観光は付けんと話のネタにならんから)ガイドも買って下調べ中な時…そろそろ旅行代理店に予約を入れようとした頃、那和さんの個人的な都合で旅行そのものをドタキャンされてしまった。更に、両親の旅行が「稀、台湾じゃなくて沖縄でいい?」等と進み出していた……よ、よりによって國内かい!流石に「國内なら一人でも問題なく行けるからいい」と蹴る。
お陰様で、2HITどころかカス当たりもしなくなり、夏恒例としていた海外旅行完全中止に落ち込み捲っていた。余りの落ち込み具合に、「可哀そうだから海外行こうか」等と両親が言い出した程(そこ迄付き合わせるのは申し訳ないから良いよ、と断わったけど)であった…
そんな中、那和さんの兄上の婚約が決まり、「この時期以外でこれ位の予算なら何とか香港行けそう」という話になり、急展開。夏コミ向オフ本入稿も済んだ後で自分自身もあまり予算が高くない方がいい状況、上半期終了位(9月末)のツアーでいいものを検索する為に、再びパンフ集めが始まる。台湾の方はといえば、うちのスト3BBSに台湾の方のカキコがあり、書かれている文章を推理して(何分中國語…)「上手くいけば國際交流対戦遠征が出来るかも?!」という事になりそうで、此処は一つ、台湾在住の知り合い・LAさんにちょっと相談してみる事にした(結果はまだ不明)
そして、数多のパンフの中から『往復便が好きに選べる』『フリーツアー』『追加料金で市内観光OK』『ある程度のホテルが選べる』というPASEOの『香港の休日』ツアーに決定。ホテルも「日本語が通じるなら」と、ランクは中級クラスになる「香港逸東酒店(イートンホテル)」に。飛行機も去年の大阪経由台湾旅行に利用した、安くて本社が香港にある「國泰航空(キャセイパシフィック航空)で往路午前便復路午後便」に出来、時期もかなり外した為に当初の香港計画より\20,000も安く済んだ。当初は9月29日〜10月2日の予定だったが、自分の会社が29日も出勤で、しかも工場も稼働している事から仕事もあるために、那和さんと相談して30日出発にした。おかげで、更に\5000安くなった。とにかくcheap!cheap!でいこう!「え、別にぃ、ホテルが所謂『高級ホテル』じゃないからって、治安が悪くてスリが必ず出る訳じゃないし、代理店がよく選ぶ処だから悪い訳がナイし、高級ったって、ジムとかの設備がないだけじゃん!元々そういった設備に興味ナイならいらねーよ」と話はまとまり、代理店での予約も非常にスムーズに済んだ。これでOK!と、8月の末に地元旅行代理店・びゅうプラサに行って予約、翌週の給料日後には残金の入金も済ませたのであった。
あ、後は当日まで念入り準備!香港行が決定した日から広東語会話入門(前回買った中國語入門の広東語の奴)を購入し毎度通勤時に聞きながら勉強、夏コミまでに買った香港旅行記同人誌を読んだり、旅行記サイトを見たり、ガイド以外に案内っぽい本も買って読み返して、ガイドに載っていない店を書き込んで見たり、行きたい処計画を那和さんとお互いに立てていた。着て行く服や、小物とかどうしよっかなぁ…何より双児の住まう街(という設定で、別にゲームキャラである双児が実在して住んでる訳じゃないけどサ、気分的には双児の街)を見れる事にもう精神どっかに飛んでいるところであった。
浮かれ捲りの自分を他所に、世界中を震撼させた例の大事件が起こる……そう、米國の國内線ハイジャックによるNY貿易センタービル大崩壊テロ。あまりの計画性の事件に、まず航空会社全てに大打撃、その事件の背景に何やら狂信的めいたものも見えて、ともかく、WW3が始まるのではないかという緊迫した世界状況となっていた。事件から3日程した後、自宅に旅行代理店から電話が…この事件の影響で、米國はおろか他の海外旅行についてもキャンセルが相次ぎ、こちらはどうするのか?という事だったらしい。話を聞いた父上は「多分大丈夫」とは言ってくれたが、電話を受けた媽媽はこの事件の影響で「自分としては行かせたくない」という旗色を強烈に示した。その夜、那和さんと相談。最悪キャンセル料取られまくってもある程度ギリギリまで様子を見よう、という事にまとまって翌日自分が電話……したらつながらなかった(笑)。結局、代理店から「9月30日出発迄の旅行に関してはキャンセル料ノーチャージ」と聞き、ギリギリまで様子を見る事が出来た。代理店に案内を取りに行く時も改めて「9割以上行く方向でギリギリまで様子を見る」と話し、キャンセルの場合は前日17:00迄に電話連絡をし、続行なら無連絡と話した。
事件当日から、外務省海外安全情報ページ・同一般向け安全情報ページ・成田空港・國泰航空・香港國際機場(チュクラップコック空港)をブックマーク、日参で毎日確認していた。香港の危険度が、1でも出たら中止のつもりで、毎日びくびくしながら外務省サイトを見て『現在、危険情報は何も発布されていません』の文章を見て胸を撫で下ろしていたものであった。勿論、ニュースも新聞も欠かさない。余りにもの障害の多さに「誰か自分を香港に行かせない様、仕掛けているのではないか」と迄思った程。
最後迄外務省も空港も航空会社も何事もない様な表示(セキュリティ問題ならあるけど)で、媽媽もずーっと反対していたが、前日17:00(会社で仕事中)も過ぎて行く事で決定。旅行日程表と海外旅行保険の控えを渡した時、媽媽が神社にお参り迄してくれていた事を知ったのだった…(太感謝了!媽媽!)両親はいざという時の為のお選別代りのお小遣い(服の隅っこに縫い付けて隠しておくためのもの)もくれたし、旅行前日に泊まりに来ていた、よく海外旅行に行っていた親戚の伯父さんと伯母さんからも有難〜い先人の知恵を頂き、当日の朝を向かえようとしていたのであった。
今迄台湾の方に行っていた影響で、頭の中では中國語といえば北京語の方が頭に入っていたし、発音もそっちで覚えていた。その北京語(香港では「普通語」「標準語」というらしい)も大した言葉を覚えていない事は確かだけど、こびり付いた言葉程広東語発音をど忘れする。CDで聞いたのに、「ごめんなさい」に当たる言葉も北京語では「対不起(とぅいぷぅちぃ)」、広東語だと「對唔住(どゅい(む)んちゅぃ)」。一番難しいのはお礼の言い分けだった…これについては後程。
1ヵ月の付け焼き刃で、北京語と混乱しつつ何処まで頭に入れる事が出来るやら…余りに不安で、MDに基本会話と定型会話だけを編集して、現地でも聞くしかねぇ。そう言う理由で本当は録音も出来るポータブルMDが欲しかったんだけど、再生専用でいいや、と思って前日に電気街でお買い物。色々サーチしてたら、偶然大特価で録音も出来るタイプを再生専用レベルの価格で購入出来た。しかも、Panasonicの青!ポータブルCDもMDコンポも全部Panasonicの青なんで、出来れば(気分的に)揃えたかったんだわ。
何時もならJTBの「一人歩きの**語自由自在」を買うんだけど、ポータブルMD買ったのと、那和さんが「指差し会話帳・広東語」を買って持っていく事になっていたから、やめにしておいて、何時も聞いていた広東語入門の本を持っていく事にした。ホテルとかで確認して、外では那和さんの指差しに任せよう。
でも最低限、お礼と謝る言葉位言えないとな……